“  立川談遊の名前もある山本晋也監督が“師匠”談志との思い出を語る。
「僕が三十数年つきあった中で、ホメてくれたことは1度だけ。かつてハワイの真珠湾にご一緒した時、師匠は麦ワラ帽子に短パン、草履というスタイルで訪れたの。でも、周囲はみんなちゃんとした格好をしている。アメリカ軍の遺族たちが、墓参りしている。そこに日本人が観光気分であんな服でノコノコ行ったら『何だ、あのジャップのイエロー・モンキーは』という表情で僕と師匠を見ながら、『私たちはパールハーバーを忘れちゃいないわよ』みたいなことを言われた。そこで、師匠が僕のこと蹴飛ばして、『晋也、この野郎、何か言い返せ』。しょうがないから、思いついた言葉『ノーモア・ヒロシマ』ってでっかい声で言ったの。そうしたら、シーンとしちゃって。おばあちゃんが悲しい顔で『おー、お互いに不幸だったよね。戦争というのは』ってハグしてくれて。その直後に、師匠が初めて僕の肩を抱いてくれて、『おめー、アメ公にいいギャグ飛ばすじゃねぇか』って。今でも忘れられません」
 弟子に限らず、談志は、見どころのある人間には、手を差し伸べることも惜しまなかった。

posted : 土曜日, 12月 17th, 2011

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