アジアの研修生もフランスに留学に行くことも多く、若い頃のクロード・グリュデのところにも外国人の学生たちを受け入れていたとある。
「私たちの家に住まわせているそうした学生のひとりに大変印象深い人がいました。彼はアジア系で、まだ今日のように旅行が容易ではない時代でしたから、家の中にアジア系の人がいることは私の好奇心をくすぐったのでした。彼は鋭敏なるインテリジェンスの持ち主で、私は彼と夜ふけまで長いことよくおしゃべりをしていました」
「その後、私がサイゴンで暮らしていたとき、私は、ときどき彼のことを想い、再会できたらと思っていました。ある日、新聞を開いた私の目に彼の写真が飛び込んできたのでした。彼の名は変わっていなく、しかし彼の眼差しはもっときびしくなっていたのでした。彼の名は、ホー・チ・ミンでした」
1.11.12